フェリシモ市橋さんと語る!物流2024年問題、EC事業者ができること

フェリシモ市橋さんと語る!物流2024年問題、EC事業者ができること

話題の2024年問題。これまで当たり前だった物流サービスを享受できなくなる可能性がおおいにありながらも、対策を打てていないブランドは少なくないのではないでしょうか。フェリシモとLOCCOで、真っ向から物流問題に取り組む市橋邦弘さんに、FRACTA代表・河野が聞きました。(Text:ワダ スミエ)

ネット黎明期にDXを主導

FRACTA 河野:市橋さんのご経歴をたどっていくと、インターネット黎明期にWeb、EC運営を担当し、その後Webと基幹システムの連携を手がけるシステム開発リーダーに就任されていますよね。

 

市橋:1995年にフェリシモに入社し、Web担当としてキャリアをスタートしました。まさにインターネット黎明期で、将来はパソコンでものを買う時代が来るらしいからブームに乗らなければいけないと、新規事業の部署が担当することになりました。わたしは新卒で入社し、その部署に配属されています。Web担当という言葉もなかった時代からWeb担当になったわけです。配属理由は、面接でインターネットの話になった際に「おもしろそう」と答えたからでしょうか。

カタログ制作を行っていることもあり、入社時に配られたPCは、MacのPowerBookでした。すぐフリーズして爆弾マークが出ていた頃です。大きな書店に行ってオライリーの本を買ってきて、それを読みながらHTMLを自分で手書きする、といったことを繰り返していました。

2009年になると、Webシステム開発リーダーに就任し、WebとHost(基幹システム)の連携を行いました。というのも、年を追うごとにWebからの注文がどんどん増えて来ました。それを受けてわたしは、Webからの注文をプリントアウトして、コールセンターにFAXするということをやっていました。数が増えれば、当然ながらシステムトラブルになる。WebとHostをつなげなくては、この問題は解決しないと考えました。そこでWebシステム開発リーダーに就任し、外部のベンダーさんに入っていただいて、なんとかやり切ったという具合です。

 

河野:今のお話だけでも、EコマースやWebの世界の縮図だなと思いました。成長する過程でスタートアップが経験することですよね。WebとHostをつなぐようなシステム連携のすべてを外部に依頼するのは非現実的です。社内で市橋さんがWebシステム開発リーダーに就任されたように、ディレクションしてコントロールできる人材が不可欠です。しかも市橋さんは、フェリシモという大きな企業でDX化するプロセスを担当されたのですから、偉大な功績だと思います。

 

市橋:トライアンドエラーの繰り返しでしたけどね。

 

河野:多くの企業が失敗していると思います。市橋さんのような経験者の方からお話をうかがう機会があれば、「こういうことに気をつけなきゃいけないんだ」と事前準備ができる。しかしながら、多くのEC事業者はマーケティング的な思考のほうが強く、いかに注文を増やすかに意識を向けがちです。「受注したけどどうしよう」に向き合うフェーズまでいっていないところが多い。市橋さんから先ほどのようなお話をうかがう機会を得られるのは、戦いを経て生き残った、スクリーニングされた後の人たちに限られる。せっかくの知識がなかなか共有されていないのはもったいないことだなと思います。

 

本格的な物流への取り組みは新規事業から

河野:WebとHostを連携された後は、2014年に新事業開発担当部長、2018年に物流EC支援事業部長に就任されていますね。

 

市橋:2010年の前半でしょうか。会社の制度として、部門長以上は全員、神戸大学の教授からMBAについての講座を受講できる仕組みができました。わたしも1年間のカリキュラムをやり切っています。その後、代表が本部長を兼任する形で新規事業開発本部を立ち上げ、わたしも声がかかって新規事業開発担当になったんです。2014年頃には、アメリカではシェアリングエコノミーやオンデマンドECが流行していて、わたしたちもいくつか挑戦しましたが、うまくいきませんでした。さまざまな新規事業を立ち上げては、並行で走らせ、黒字化できずに終わるというのを繰り返していました。

そこで改めて、外から見たらフェリシモの強みで、社内では当たり前にやれることを探しました。するとやはりフェリシモは通販の会社である。通販のバリューチェーンを細分化して、当時出てきていたSaaS化して提供できたら、他の通販事業者様のお役に立てるのではないかと考えました。具体的には配送センターをオープン化し、そこに商品を預けていただいて、OMSからAPIでデータを投げてもらったら、商品を自動引き当てして出荷するという仕組みです。これをご評価いただいて、今では十数社のパートナー企業様にご利用いただいています。

オープン化に取り組む際に、物流のことを詳しく勉強しました。社員としてある程度は把握していましたが、サービスとして提供するには本当に細かいところまで把握していないと難しい。痛い目に何度もあいました。

 

河野:フェリシモさんが主要株主の、LOCCOの取締役もされていますよね。これはどういった経緯ですか?

 

市橋:LOCCOは、物流クライシス、とくにラストワンマイル課題を解決すべく、違った目線、違った価値観でサービスを生み出すためのジョイントベンチャーカンパニーです。

2024年問題も迫っていますが、2018年に物流クライシスがありましたよね。わかりやすくシンプルに説明すると、大手ECの登場などによって通販の利用が増え、荷物の数が急激に増えたから送料を値上げするということでした。フェリシモにおける送料の値上げは、経営への影響が非常に大きい。商品サイズを見直してパッケージを小さくしたり、配送効率を高める努力をしたりと、経営会議で二十数個くらい知恵を出し合いました。その中のひとつに「自分たちで物流会社を作る」というのがあり、新規事業ということでわたしが担当することになったんです。

ただし、物流会社をやるには、トラック数千台を抱えドライバーさんを雇わなくてはならず、いち通販会社には難しい。ちょうど西濃運輸さんが関連する新規事業をやっていらっしゃるという話を聞いて、役員が相談に行きました。ブレストをするうちに、フェリシモがもともと職域通販だったことに思い至りました。社員食堂にカタログを置いておくと、リーダーのような方が注文をまとめてとってくださって、会社にまとめて届けるとリーダーの方が社内で配ってくださる、というものです。同じことが地域でできないかと考えました。ラストワンマイルをお客様にやっていただこうというわけです。ちょうどアメリカでUberが出てきた時期でもありました。

送料値上げを突き詰めていくと、荷物の量が増えただけでなく、再配達が多いことに行き当たります。それを解決するにも置き配は重要で、お客様にアンケートをとってみたところ「置き配で良い」とのご回答もあった。ならばローコストキャリア宅配をやる会社を作ろうということで、元々フェリシモの物流関連子会社を受け皿にしたのが現在のLOCCOです。

 

迫る2024年問題 想像より物流は厳しくなる

河野:物流に関する危機意識については、EC事業者によって差があると感じています。そもそも物流について、単なるコストとの考えもあれば、物流業界にすごく負担を強いて無理なことを要求しているから良くないであったり、サステナビリティの文脈から考える人もいる。共通しているのは、現時点で想像している以上に、物流が厳しくなることがそれほど認識されていないということです。この現状を踏まえ、市橋さんは2024年問題についてどのようにお考えですか。

 

市橋:こちらも簡単に説明すると、トラックのドライバーさんにも36協定が適用されて労働時間が短くなる。一方で、宅配の荷物は50億(*1)を超える勢いがある。労働時間が減って荷物が増えるとなると、すべての荷物が届けられなくなる。学会の先生も調査結果を発表(*2)されていますが、全体の2割が届けられなくなるのではないかとの数字も出ています。
*1 https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha04_hh_000255.html
*2 https://agenda-note.com/retail/detail/id=5416

つまり、物流会社もこれまでと同じようには荷物が運べなくなるから売上をあげづらくなるし、荷主からみればまた送料が上がるし、せっかくご注文いただいている商品が「今日はここまでです」とお客様にすぐに出荷できなくなる、というわけです。売上計上は出荷後ですから、それも後ろ倒しになっていく。従来の翌日出荷が続く地域もあるでしょうし、そうならないよう、EC業界全体で力を合わせて乗り越えないといけない課題だなと思って頑張っています。

 

河野:物流側の立場に立った時に、荷主であるEC事業者はどのようなことができるのでしょうか。

 

市橋:LOCCOが提唱しているのはオープンプラットフォームです。トラックの積載率は40%と言われていて、後ろのドアが開いている時に覗いてもらうと、上のほうはけっこう空いていたりします。その空き空間をなるべく減らすべく、共同配送したほうが良い。荷主側は、1社の宅配事業者に限定せず、地域別に運送会社を変えれば良い。その仕組みをオープンプラットフォームで提供したいと考えています。1社で実現するのは難しいことですから、LOCCOに預けていただいて、ベストエフォートな配送会社の選択はLOCCOで請け負うという形にしていきたい。それを一緒にやろうと言ってくださる方をずっと探しています。物価が上がる時代ですけれど、ひとりの人間がやれることをもっと増やす効率化、平準化を目指しているんですよね。

それは、わたしが長年インターネット畑にいて、インフラを見て、トラフィック制御をやってきたことの影響です。ただし、物理になるとゲートウェイの部分が難しい。たとえば、トラックのドライバーさんが腰から下げているハンディターミナルについて、LOCCOではスマートフォンで動くアプリにして、ベテランのドライバーでなくとも荷物を届けられる世界を目指しています。さまざまなEC事業者の方に一緒に取り組んでいただけると効率はさらに上がりますし、平準化も進む。そういう世界を目指しています。

 

河野:物理的ロードバランサーみたいなことですね。物理と電子の世界の違いは、バランシングでしょう。物理は大きさ、タイミング、中身が違うから、ロードバランシングするのが難しい。一方で、荷主や物流会社がお互いに歩み寄ることによって、共通インターフェースのようなデータ化が行われ、それを一緒に作り上げることによって、日本全体として強烈に効率化することはできるかもしれないですね。

 

市橋:インターネットは、HTTPと書けばパケットが送られる仕組みを皆が採用しているから効率が良いわけで、物流の世界にもHTTPに相当するものを作れば良いと思っています。LOCCOがその、パブリックなプラットフォームになれたら良いなと思っています。

 

河野:LOCCOはプロトコルなのかもしれないですね。

 

市橋:わたしの中ではまさにそうです。インターネットでやってきたことを、物流でやっているだけなんですよ。

 

河野:その理解者と協力関係を作っていくのは、重要かつやりがいがあることなんだろうなと思います。

 

物流もお客様とのコミュニケーション

河野:物理的なロードバランシングを実現するうえで、たとえば梱包材は重要な要素だと思います。Amazonの梱包について過剰包装だと言われることもあるけれど、フォーマットを統一することでコストを平準化させたり、無駄をなくしたりできているわけですよね。

 

市橋:ダンボールの原紙の値段も上がっていることもあり、ある程度平準化したほうが良いと思います。たくさん作ると1個あたりの単価が下がりますから。フェリシモの物流センターから発送しているEC事業者様には、無地の共通資材をご利用いただいています。フェリシモ分とあわせて大量発注し、1個あたりの単価を下げることに成功しています。一方で、河野さんがAmazonを例におっしゃったように、規格化すると商品によっては空間が大きくなることもあるため、なるべくその隙間を埋める必要が出てきます。

 

河野:僕たちのようなクリエイティブ制作会社が、梱包材を作る時に気をつけたほうが良いことはありますか?たとえば、外箱と中箱を分けて考えるのもひとつのアイデアですよね。

 

市橋:事業として行っているわけですから、梱包材は販管費であり、ビジネスとして販管費にいくらかけるかの考えになりますよね。とくに小売業は営業利益率はそう高くありません。一方で高級ブランドの場合は、パッケージにお金をかけてリッチにすることで、タッチポイントの良い演出ができ、ブランドへのロイヤルティが高まります。パッケージにこだわるのは楽しいのですが、マーケティングの4PのひとつのPにすぎないですし、過剰包装の話が出たように、ブランドの環境への配慮も求められています。

 

河野:梱包資材を返却できるサービスもありますよね。届いた商品が梱包されていたダンボールなどの資材はかさばりますし、お客様ご自身に片付けていただくのはストレスでもありますよね。

 

市橋:BtoB業界では当たり前に行われていることですが、BtoCではそれほど耳にしていませんね。フェリシモの例を挙げると、梱包資材にかわいい柄をプリントするなどして、お客様にアップサイクルを楽しんでいただけるようにしている取り組みがあります。小物入れにDIYしていただいている例などは、SNSでもよく見かけますね。フェリシモでは会員誌などで、楽しみ方のご提案をすることもあります。お届け箱自体のバージョンアップも定期的に行っていますね。

 

河野:今後はブランドも、梱包材などでも環境に配慮できているか、アップサイクルなどの工夫ができているかも問われていきそうです。パッケージを豪華にして体験をリッチにすることが求められているのであればそうすれば良いし、これからの時代は環境に配慮することのほうが求められるかもしれない。物流ひとつとってもやっぱりコミュニケーションなんですね。

最後に、今後のご展望をお聞かせください。

 

市橋:フェリシモはダイレクトマーケティングの会社であるというイメージが強いと思いますが、たとえば、2023年8月には、渋谷スクランブルスクエアでディック・ブルーナのイラストとともにワインと食事と会話が楽しめるワインバル&カフェレストラン「Dick Bruna TABLE」のポップアップを開催しました。本社屋のStage Felissimoには、ワイナリーやレストラン、チョコレートミュージアムがあります。ダイレクトマーケティングのチャネルだけではお会いできない方たちとも触れ合っていきたいという考えから、リアルな取り組みを広げていっています。

わたし個人としては、新事業開発本部の副本部長として、新しい事業をプロデュースしていくところを引き続き邁進していきたいと考えています。また、本日お話しした物流クライシスから始まる物流DXの部分は社会問題としてとらえており、サステナブルに荷物が届く世界を維持していくために、さまざまな取り組みを行っていきます。

 

河野:ありがとうございました。市橋さんとお話しして、やはり物流もコミュニケーションだなと痛感しました。ECはリアルと異なり、お買い物をしてくださるお客様の顔が見えにくいのですが、お客様は実際にいる。そのお客様とコミュニケーションをしながら、お手元に商品が届くまでを想像しないといけない。わかっているようで、多くのEC事業者が抜け落ちている部分ではないでしょうか。だからこそ、おもてなしをしているようで過剰サービスになったりしている。お客様を想像して、スマートに商品を届けられているかはブランドとして至上命題であり、真摯に取り組んでいかなくてはと自戒も込めて思いました。